案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2014年5月19日月曜日

遠鉄奥山線 奥山の手前で撮る

1963(昭和38)年4月末で廃線となった気賀口~奥山間については過去3回アップしてきましたが、
今回は浜松の小栗様から送付戴いた廃線50年後の遺構の写真と伴に思い出をアップしてみます。

気賀口から奥山へ向かう2 (奥山駅の駅舎と構内配置)
気賀口から奥山へ向かう1 (沿線の車窓記録)
気賀口-奥山間 最後の桜 (桜の奥山駅風景)

この気賀口を出ると山の手前を右へ急カーブして井伊谷川沿いを走り
井伊谷の手前で川を渡る. 奥山まで線路があった頃.1963.04.04


50年後の遺構. 気賀口~井伊谷間にある井伊谷(いいのや)川橋梁の跡
井伊谷側から気賀口方面を見る.  遺構2点 撮影:浜松在住 小栗様


この気賀口~奥山間は日中は1往復しかなく、終点奥山駅まで乗車し、引き返す奥山発13:16を引佐の風景を入れて沿線で撮ると次は19:05まで列車がない。そこで親切な運転手さんは奥山近辺で停車し写真を撮らせてくれた。その時の走行写真と記念写真がこれで、運転手さんにはその後も何かとお世話になった。

  奥山~中村間の沿線風景. 1963.04.04
この先の竹藪の脇を左へカーブして小さな鉄橋を渡ると終点奥山駅に到着する.

客のいない車内でどこから撮りに来たの? の会話から始まった記念撮影.

50年後の遺構. 
奥山駅手前にある小さな鉄橋で線路左手に大きな竹藪があった.

小さな川沿いにあった終点奥山駅. 1963.04.04

10 件のコメント:

chitetsu さんのコメント...

今では考えられない良いお話しですね。
まるでフォトランですね!
私も奥山まで廃線跡を辿りましたが、純日本的風景を行く気動車は絵になりますね。

katsu さんのコメント...

chitetsuさんも奥山まで廃線跡を辿ったとはよほどお好きだったのですね。
奥山線の廃線跡を辿るのは大抵は気賀口までだと思います。
50年前の遠い昔にあったこんなエピソードは今では信じられません。
低い山並み連なる引佐の春の風景はそれはそれは素晴らしいものでした。
引佐は今は浜松市に編入され浜松市になってしまったのですね。
客も居なかったこの区間の廃線は、よそ者には見えないところで遠鉄のバス路線が発達していたのでしょう。

トゥルーリ さんのコメント...

はじめましてトゥルーリと申します。
いつも楽しく拝見させていただいております。
自分も奥山線は2度(1993年と2009年)たどっておりますが、奥山駅手前の鉄橋は相変わらず元気ですね。いつまでも残してほしいものです。

実は、近くに竜ヶ岩洞という洞窟があるのですが、その駐車場に飾られている鉄橋は
奥山駅手前の鉄橋の片割れが移設されたものではないかとにらんでいます。
あくまで目検ではあるのですが、鉄橋の幅と外されている部分の長さが一致している
ように見えたのです。
鉄橋には移設などの説明書きがないため、
あくまで推測の域を超えておりません。

katsu さんのコメント...

トゥルーリさん
こんにちは。
奥山駅手前の鉄橋跡はいいですね。
この鉄橋跡をストリートビューで見ましたが、あの時の竹藪が今も残っていて昔の奥山駅周辺のイメージがかなり湧いてきました。
竜ヶ岩洞の駐車場に飾られている鉄橋とは残された部材を集めて復元されたようです。
奥山線沿線の竜ヶ岩洞では奥山線遺構の保存活動をされていることを地元の方から聞いたことがあります。

Masashi Matsuyama さんのコメント...

こんにちは、はじめまして。
いつも楽しく拝見させていただいてます。

5/7日に当時の奥山線の動画がYoutubeにUPされてます。
「懐かしの奥山線」でぜひ検索してみてください。

katsu さんのコメント...

Masashi Matsuyamaさん
こんにちは。
動画「懐かしの奥山線」の紹介ありがとうございました、すぐ見させてもらいました。
遠州鉄道で制作したのでしょうか、遠鉄浜松から奥山まで全駅が登場して実に良く出来ていますね。
動画は東京オリンピック開催の頃で、奥山線を追い回した青春時代が懐かしく想い出されました。
動画で見ると奥山線の魅力とのどかな時代をより一層感じてきました。

Masahiko SATO さんのコメント...

貴重な写真ですね。
実は1月浜松行きまして、知人のクルマで少し廃線跡を案内して頂きました。

katsu さんのコメント...

SATOさん
廃線跡へ行かれましたか。
広沢トンネルあたりは廃線跡遊歩道などがよく整備されているようですね。
昔の5万分の1の地図を持って、気賀口から奥山へかけて曲がりくねった小道に軌道跡を見つけて歩くのも楽しいでしょうね。

kotaro さんのコメント...

いつも素晴らしい記録を、ありがとうございます。
1804号はなぜか花巻に売却された車両ですね。
それと半世紀前の稠密な風景シーンを見ていると、当時の田舎の駅の回りでもゴミが殆ど落ちていない。
もう一つは山の写りが全然違っていて、くっきりとした陰影が有る。戦時中に燃料にされたことも有りますが、人里の手が入っていて今のように、ぼうぼうに伸びていないので、写真が引き締まって見えます。
ギフチョウの話も大変好感が持てました。失礼いたします。

katsu さんのコメント...

kotaroさん
キハ1804は花巻へ行って黄色に塗られコカコーラ号になっていました。
ほとんど活躍することがなかったようですね。
奥山線の当時の山の写りは気がつきませんでした。よく見れば木立ちが整然としているように見えます。
当時の光景が美しく見えるのは今では失ってしまった自然や生活があるせいではないでしょうか。
当時の日本は人と自然が共生していた時代だったのでしょう。