案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2013年12月29日日曜日

大晦日の金沢

学生時代の年末年始の冬休みは絶好の撮影チャンスで、夜行で出掛けて撮り歩き夜行で正月の東京に戻るのを毎年繰り返していた。その中で特に印象深いのが1964年の北陸鉄道めぐりで、年末になると思い出されるのが大晦日の金沢の風景である。
北陸鉄道めぐり最終日が金沢市内線で、大晦日の金沢の街は人々がせわしく行き交い、廃線2年前であったが市内線の停留所には客が溢れていた。もし金沢に市内線が残っていたら今でもこんな光景が見られたかもしれない。

近江町市場の買い物客で賑わう中心部「武蔵ケ辻」の大晦日.1964.12.31

橋場町分岐点

2013年12月27日金曜日

溜池山王界隈

昨夜は溜池山王の首相官邸裏手に近い居酒屋で元会社の現役・OB達と恒例の忘年会であった。
以前、溜池山王界隈に職場があり昼休みや退社後によく繰り出したこの街の風景を見ると、現役時代がついこの間のような気がしてくる。すっかり整備された溜池山王界隈の夜景は今の東京ではどうという事もないが愛着ある風景にカメラを向けてみました。

外堀通り溜池山王 2013.12.26
東京メトロ「溜池山王」駅を山王パークタワービル出口から地上に出ると、外堀通り溜池山王に出る。背後に首相官邸を控え地下鉄南北線と銀座線が交差するこの界隈は、一時の周辺ビルの改築ラッシュもとっくに終わり一段と華やかな夜景となっていた。

外堀通り溜池山王
東京メトロ南北線がもぐる道路は外堀通りを横切り六本木通りへと向かう

赤坂見附←  外堀通りの向こうに見える首相官邸裏手  →溜池
首相官邸の左手にNTTドコモ本社が入る山王パークタワービルが
そそり立つが余りに巨大(地上44階)でカメラに収まらない。

2013年12月25日水曜日

さいたま鉄道模型フェスタ 2013

先日12月22日にさいたま鉄道模型フェスタを見に行ってきました。
昨年、このショーに展示されたCABさんの1/80ナロー仙北キハ2406 のペーパ製車体を
もう一度見たかったが今年は残念ながら参加されていないようであった。
1/80ナローでは南洋物産さんから井笠ホジ1形タイプの車体キットが展示発売されていた。

カラフルな1/80ナローが主体の南洋物産さんの展示

井笠ホジ1形タイプ完成品が走行中
今回1/80ナローでは井笠ホジ1形タイプの車体キットが発売された。

2013年12月23日月曜日

水浜線風景 水戸市内を行く

青蛙さんの「オリンパスペンで撮った水浜線風景」の最後は水戸市内を行く風景で、
街中を行く路面電車には1960年代が色濃く写し込まれるところが魅力です。

水戸市内を行く水浜線  昭和41年5月

街から少し離れた水戸駅前から二つ目の「三高下」停車場の楽しい風景

2013年12月22日日曜日

水浜線風景 田園を行く



路面電車と田園風景の組合せが堪らない水浜線
田畑の中に埋もれてしまいそうな草生した軌道を路面電車が走る
前方に見える茅葺屋根の集落、駅の子供達の姿など懐かしい昭和41年の風景は絵のようだ。
こんな情景を模型で再現したら素晴らしいでしょうね。 昭和41年5月 撮影:青蛙さん

2013年12月21日土曜日

水浜線風景 大洗磯前神社の鳥居

水浜線の終着駅大洗は鳥居の脇で終わっている。青蛙さんによれば微かな記憶の水浜線で『松林の中の中途半端な終着駅の状況』だけははっきり記憶があるそうで、鳥居と駅の奇妙な組合せを続けてみます。

大洗磯前神社のの鳥居. 昭和41年5月
鳥居の右が大洗駅の柵で線路と架線はここで終わっている.

大洗磯前神社の石碑と鳥居.
石碑の向こうに駅の柵と架線が見える.

 
廃線間近の水浜線に乗って大洗駅まで沢山の人がお別れに訪れたようです.
47年前に水浜電車を入れて撮った母子の写真は良い思い出になったことでしょう.

2013年12月20日金曜日

水浜線風景 大洗駅

青蛙さんの写真から終点大洗駅の位置を確認してみました。
昭和20年に大洗から海門橋まで北へ向かっていた軌道が廃止となり、大洗駅は大洗磯前神社の林の中に移動している。青蛙さんが撮った鳥居脇の大洗駅の写真から、大洗磯前神社に幾つもある鳥居の中で該当するのは下記地図の位置にある鳥居でしょう。
 
終点大洗駅に近い松林を行く  昭和41年5月

大洗磯前神社の鳥居と、その脇にある大洗駅.
現在ある鹿島臨海鉄道の大洗駅に較べ、こちらの大洗駅は町外れのこんな寂しいところにあった.
大洗駅があった位置はこの鳥居が目印となり、今もホームの跡が残っているそうだ。

寂しげな雰囲気漂う終点大洗駅

赤ラインが水浜線の軌道(推定)で、矢印が神社の鳥居と大洗駅の位置を示す.
水浜線の軌道は神社の林の中に頭を突っ込んで終わっている.
現在ここの鳥居に頭がないのは震災で落下してしまったのでしょうか。

2013年12月18日水曜日

水浜線風景 海辺の電車

青蛙さんが撮った水浜線風景を続けます。
青蛙さんの話しによると
『オリンパスペンをもってふらりと水戸まで出かけたのです。 廃止直前で、古色蒼然とした中をゆるゆると路面電車が走っていました。この時にはすでに新車は仙台市に転籍移動されて見られませんでした。 正面から側面に廃止の飾りつけ車両も走っていました。撮影場所がどこかわからないところが多く、メモは引っ越しや建て替え時に紛失』とありました。
撮影場所は大洗海岸の曲松あたりでした。

軌道の両脇に魚の木箱が積まれ大洗港が近い街中。 曲松-東光台  昭和41年5月
踏切警手が小屋の前で踏切を操作し、たばこ屋や倉や民家などが古めかしい.
軌道は人が歩く通路なのか枕木やバラストが土に埋もれている.

松の木と広々とした風景から大洗の海に近いと思われる.

海辺の曲松停車場.
駅で遊ぶ子供達や見送りなのか家族の姿など、いかにもその時代の駅の風景らしい.
・・終点大洗は立派な駅舎はあるが、赤字対策で無人駅で側線が1本ある・・
とは鉄ピク私鉄車両めぐり中川浩一氏の記事にあった記載。


上水戸駅前~水戸駅前間はこの1年前 昭40年6月10日で廃止.

参考図書
鉄道ビクトリアル「私鉄車両めぐり」第5分冊/茨城交通水浜線/中川浩一 著/鉄道図書刊行会
RM LIBRARY第63巻/茨城交通水浜線/中川浩一 著/ネコ・パブリッシング

2013年12月15日日曜日

水浜線風景 大貫停留場

大貫停留場の看板、駅の子供達、踏切番がいる踏切、茅葺屋根の家、その脇に停めてあるミゼット、こんな水浜線の風景は昭和30年代前半を感じさせるのだが撮ったのは何と昭和41年であった。水戸駅前から12Kmほど大洗へ向かった大貫駅。昭和41年の水戸にまだこんな軌道線が走る風景が残っていた。
茨城交通水浜線は昭和41年5月で廃線となった。

茨城交通水浜線 大貫駅  昭和41年5月 撮影:青蛙さん

2013年12月14日土曜日

大雄山線 2005年

酒匂川の支流、狩川に沿って大雄山最乗寺へ参拝客を運ぶ大雄山線。終点大雄山駅からは最乗寺へバスが出ている。また大雄山駅から街道の先に足柄峠、矢倉岳の梺にある「夕陽の滝」、南足柄ハイキングコースを控え、丹沢山系と足柄山地に囲まれた足柄平野を18mクラスの3両編成が走っている。

富士山の展望台として有名な足柄山地の矢倉岳に向かって走る大雄山線 
富士フィルム前 2005.09.18

湧水が豊富な足柄平野には富士フィルムや富士ゼロックスなどの大工場があり
沿線の宅地開発が進んでいる大雄山線  富士フィルム前-和田河原

1984年から入線した5000系3両編成  和田河原-塚原

大きなビルが並ぶ終点大雄山は駅ビルではなく昔からある三角屋根の駅舎であった

湘南カラーの木造電車が休んでいた42年前の大雄山駅 1963.02.22

大雄山駅改札口

 
 車両の回送や工事車両のけん引、検査車両の入替え等に使われる黄色のコデ165とその車内

 
金太郎の像がある三角屋根の小さな駅舎を大きなビルが取り囲む

 
駅から3キロの山中にある大雄山最乗寺へ駅前からバスが出ている

2013年12月11日水曜日

岳南鉄道2005年 車両

貨物輸送全盛期には、引込線や専用線の総延長が本線の総延長を上回っていたという逸話もある。しかしながら、2011年1月に日本貨物鉄道(JR貨物)の合理化により2012年春以降の貨物輸送の休止が通告され、そして2012年3月16日限りで岳南鉄道を支えていた貨物列車の運行を終了し、貨物の取り扱いを廃止した。  wikipedia岳南鉄道線 より 

休車状態の元東急5000系の2本. 5002+5102   比奈駅   2005.09.19
2008年に全て解体

もう1編成の5104+5004

休車のED291

 

 
 ED402(元松本電鉄)とED501が活躍していた比奈駅構内

現役ED501

工場地帯を行くモハ7000形 比奈

岳南江尾を発車すると新幹線をくぐって住宅街を走る

新幹線から見える終着駅岳南江尾.7000形(両運)と8000形(2連固定)

吉原駅に戻る

2013年12月8日日曜日

「かなひら」駅のシーン

寅さん映画シリーズ第9作「男はつらいよ 柴又慕情」(72年)をテレビで見て、冒頭に出てきた「かなひら」駅のシーンには驚き飛び上がった。寅さん映画に登場した尾小屋鉄道とはこれだったのですね。映画で見る「かなひら」駅のシーンは情緒溢れまるで絵のようであった。

バケットに牛乳缶を積んだ気動車が排煙を残して発車していく「かなひら」駅シーン

駅名「かなひら」と駅舎に貼られたDISCOVER JAPANのポスター youtubeより

「かなひら」駅のホームと駅舎、デイスカバージャパンのポスター、赤い気動車、
こんな尾小屋鉄道のシーンに1970年代初頭の日本の風景が凝縮されていたようだ。

尾小屋鉄道 1962(昭和37)年の金平駅