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高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2013年2月21日木曜日

頸城鉄道 下保倉あたり

1968年夏に貨物の長大編成を高台から撮ったのは下保倉駅の近くで、確かこの辺りの今は北越急行が走っているところ。現在の地図に下保倉駅と昔の浦川原駅の位置を入れてみました。
地図で赤ラインが頸城鉄道、黒ラインが北越急行です。

現在の北越急行の浦川原駅の位置は、頸城鉄道の浦川原より少しずれている.

美しい田舎の風景を行く長大編成の後ろに下保倉駅が小さく見える. 1968.08.18
現在は北越急行の高架がこの右手に連なっていて沿線風景は一変していることでしょう.
この時代の沿線の田舎風景の美しさは、時が立つほど美しさが際立ってくる感じがする.

一面緑に包まれた小さな下保倉駅.飯室側から見る.
ナローゲージのレールがまっすぐに延びた先をカーブするあたりに今は北越急行の浦川原駅が.

下保倉から飯室側へ少し進んだあたりの田んぼを、ニフを従えたホジが行く.
ホジの車内にはけっこう乗客が乗っているようだ.
夏のあまりの暑さに小川がある木立の下で撮った1枚.

 
小さな森ブタDB81 最後の活躍.  飯室-下保倉 1968.08.18
目の前を森ブタがロッドを忙しく振り回して通過して行った.
新黒井行き混合列車もこの1ヵ月半後の部分廃線で見れなくなってしまった.

6 件のコメント:

chitetsu さんのコメント...

Katsuさん
おはようございます。
一枚目のお写真に悩殺されました!
一面緑の里山風景にむせるような暑さと蝉の鳴き声が聞こえてきそうです。
急にどこかの里山風景を見に行きたくなってしまいました。

常夜燈 さんのコメント...

最初のカットはスゴイ!
頸城の画像の公開は多いが
このシーンは見た事が有りません。
私は全線営業していた頃に訪れて
いますがここまでは来ませんでした。
田の匂いを運んでくる風は意外と
涼しい。往時を思い起こしました。

katsu さんのコメント...

おはようございます。
一枚目の写真、感想ありがとうございました。
頚城は今まで紙焼きをスキャンしていましたが
今回ネガのスキャンを始めました。
スキャンして改めて見てみると背景の民家や緑の風景に新鮮さを感じたものです。
梅が咲きそろそろ里山風景求めて飛び出したいですね。

katsu さんのコメント...

常夜燈さん
ありがとうございます。
これを撮った高台を現在の航空写真で探したのですがよく判りませんでした。
列車の気配に慌ててどこへ登ったのか全く記憶なしです。
DC92ではなくDB81が動いていたのが幸運でした。
田の臭いを運ぶ風ですか ・・
あの夏の日を思い出します。

moro9 さんのコメント...

Katsuさん、懐かしくて泣けてくる撮影地です。
コッペル2号機がさよなら運転したのが1966年5月12日でした。
頸城野は朝から五月晴れに恵まれ、空前絶後と思われる素敵な軽便列車が
蜃気楼のように私の眼前を走ってくれました。
この日のお別れ列車は今流に言うと「フォトラン」形式で走ってくれました。
好撮影地で我々を下車させ、適当なところまで逆走。こちらがオーケーのサインを出すと、
カメラの前を力走するという手立てで、下保倉~浦川原間の起伏にとんだ区間が、そのハイライトになりました。
このときの収穫があまりに大きかったので、その後の普段着の頸城鉄道に行きそびれたことを後悔してます。
参考に佳き日のショットをメール送付します。ご笑覧ください。

katsu さんのコメント...

moro9さん
素晴らしい「佳き日のショット」をありがとうございました。
早速、ブログに使わせてもらいました。
この下保倉が好撮影地とは意外でした。
1966年のコッペルおわかれ運転は誘われたのに
何故行かなかったのか悔しい想いです。