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高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2013年2月26日火曜日

頸城鉄道 2軸客車

頸城鉄道の2軸客車について1962(昭37)年と1968(昭43)の状態を比較してみました。


奇麗な状態のニフ1 1962.08.03
まだ元気だった頃の頸城鉄道 新黒井駅構内 
雑草が刈り込まれた真夏の構内にニフ1やハ5、ハ6が並んでいた.1962.08.03

以下は部分廃線直前の1968(昭43)年夏の光景です。


ホジ3の編成に付いた くたびれたニフ1. 新黒井 1968.08.18

荒れ果てたハ6とハ5 新黒井. 1968.08.18

草むした真夏の新黒井駅構内. 1968(昭43).08.18

4 件のコメント:

デナ21 さんのコメント...

こんにちは
2軸客車「コトコト」とのんびりと田舎を走っていたのでしょうね.
このニフ1はかわいいですね.
また出入口の上にあるRの縁が何ともオシャレで凝ったつくりですね.
ふと思いました.
これを家の庭先に置いて,模型工作室にすれば楽しいでしょうね.
素敵なお写真をありがとうございました。

katsu さんのコメント...

デナ21さん
こんにちは。
コメントありがとうございました。
かわいいニフ1の模型(乗工社)を眺めては癒されています。
ほんとうに掘っ立て小屋の感じですね。
こんな客車を設計した明治の先人を尊敬してしまいます。

ひもブレーキ さんのコメント...

先日、コメントした頸城鉄道の機関士の話によると西武鉄道山口線の最急曲線30Rに
大変驚いておられていました。なぜなら、頸城鉄道の最急曲線は200だったか300Rくらいと
言っていました。なので2軸車でも問題なく使用できたのでしょう。
そんな線形なので、飛ばして走ることが多かったそうです。しかし、機関車不足で
戦後導入した協三工業製の機関車は安定性が悪く飛ばすと曲線ですぐ脱線して前後ろが逆になって
しまったそうです。そんなせいで、そうそうにディーゼル機関車に改造されてしまったの
でしょう。ところで、コッペルの2号機は水槽がウエルタンクのためのあるのでしょうか、
線路に吸い付いたように走り、急曲線の多かった西武鉄道山口線で飛ばしても安定して
走っていました。
思い出話です。

katsu さんのコメント...

ひもブレーキさん
面白い逸話をありがとうございました。
協三工業製のBタンク機が森ブタDBに化けたのでしたか。
協三工業製のBタンク機3号は仙台鉄道から来て、
重心高のせいで脱線すると前後反転し横倒しになる
クセがあり機関士に恐怖を与え余り使用されなかった
などが鉄ピク私鉄車両めぐりにも書いてありました。
こんな3号機に較べコッペルは雲泥の差だったのですね。