案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2013年2月23日土曜日

頸城鉄道 コッペル2号機さよなら運転

1966年5月に走った「コッペル2号機さよなら運転」の夢のような光景を撮影された諸河久プロの写真をアップロード了解を戴きましたのでブログに公開します。撮影地は先日のブログにあった下保倉で、遠い昔のコッペル蒸機列車の光景はとても1966年とは思えません。

【moro9さんのコメントより】
懐かしくて泣けてくる撮影地です。 コッペル2号機がさよなら運転したのが1966年5月12日でした。 頸城野は朝から五月晴れに恵まれ、空前絶後と思われる素敵な軽便列車が 蜃気楼のように私の眼前を走ってくれました。 この日のお別れ列車は今流に言うと「フォトラン」形式で走ってくれました。 好撮影地で我々を下車させ、適当なところまで逆走。こちらがオーケーのサインを出すと、 カメラの前を力走するという手立てで、下保倉~浦川原間の起伏にとんだ区間が、そのハイライトになりました。 このときの収穫があまりに大きかったので、その後の普段着の頸城鉄道に行きそびれたことを後悔してます。


夢のようなコッペル蒸機列車  下保倉-浦川原 1966.05.12 撮影: 諸河久氏




私は頸城鉄道の沿線風景は単調だったという記憶しかありませんが、下保倉から浦川原へかけての沿線風景はこんなに素晴らしかった。写真の背後にある野山、わら葺屋根、田畑、起伏に富んだ風景などがコッペル蒸機列車を惹き立てます。 この区間こそは頸城鉄道廃線跡と北越急行が唯一接近した区間で、旧→新の鉄道のあまりの落差に愕然とします。katsu

6 件のコメント:

Namiki さんのコメント...

素晴らしいお写真にあらためて感動です。あらためてと言いますのは、某新富町で一度拝見したことがあったからであります。。。

まあ、余計な話はさておいて、2号機のラストランがフォトランだったとは全く知りませんでした。大御所の写真に全く同じアングルが多くあるので、これぞまさしく頸城のお立ち台だと思っていたことが、平成25年にもなって覆った瞬間でした(苦笑)

青蛙 さんのコメント...

moro9さんの最初の写真は「コッツペルが走った日」の写真集の最後のページに掲載されていますね。最初の新黒井駅から始まるもので、この写真集をぜひ皆さん、見ていただきたい。
また一連のkatuさんの写真と合わせてみるとさらに頸城鉄道の魅力にひかれます。

katsu さんのコメント...

Namikiさん
そうでしたか大御所の写真を某新富町で見ていたのですか。
それに私はあの写真集に掲載されていたカットとは知りませんでした。
あの写真集を買っておけば良かった・・。
コッペルは頚城鉄道のお宝で保存されているのが何よりです。

katsu さんのコメント...

青蛙さん
昭37年と昭43年に訪問した時は青蛙さんと一緒でしたね。
特に2回目のくそ暑い夏の訪問は印象深く、行っておいて良かったです。
moro9さんの写真集「コッペルが走った日」は持っていたのですね。
コッペルがあまりに刺激的で私は写真集買うのを躊躇ったのかも知れません。

ひもブレーキ さんのコメント...

残念ながら頸城鉄道を訪れたことはありませんが、このコッペルとは馴染みがあります。それは、西武鉄道山口線復活し活躍したからです。西武鉄道の職員が蒸気機関車の運転免許を取るまで頸城鉄道の職員が出向して運転と整備をしていました。その頸城鉄道の方と仲良くなってこのコッペルと過ごしました。頸城鉄道のシリーズ楽しく拝見しました。

katsu さんのコメント...

ひもブレーキさん
西武山口線で頚城鉄道でコッペルを運転されていた方と知合いになれたとは貴重な経験でしたね。
頚城の方のお話やコッペルと過ごしたお話をいろいろと聞いてみたいものです。
鉄道の写真はそんな逸話があればあるほど写真が活きてきますね。