案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年10月12日金曜日

沼尻駅跡と消えた施設

廃線跡めぐりの最後に到着する沼尻駅跡は1984年に訪問していた。
沼尻鉄道のハイライトであったデルタ線のある沼尻駅の風景は一変してしまい、昔のデルタ線の位置関係を思い浮かべることができるのは背後の山並みと元倉庫らしき建物しか無かった。

沼尻駅の跡.  1984年8月
背後の山並みから昔あったデルタ線(写真下)の位置はこのあたりと思われる.
新しく道路ができ右手にあった駅本屋はここに移設されていた.
昔あったデルタ線の風景.  1964.01.02

デルタ線の先に繋がった鉄索場など、当時あった施設を
オリンパスペンSで撮った写真で再度確認してみると。

右に硫黄を積込む鉄索場とその奥に倉庫、左に車庫が1棟があった.  1964.01.02


沼尻鉱山で採掘された硫黄は精錬後、索道でこの鉄索場に運ばれ、
ここで貨車セタに積換えて川桁まで運んでいた。

奥に倉庫があって急カーブした軌道1本が建屋内部へ入っていた.
トロッコのような貨車は硫黄を運ぶ3t積セタ28

デルタ線の先にあった車庫

デルタ線からずっと離れた位置にあった車庫で脇を清流が流れていた.


参考: 写真でつづる「続・懐かしの沼尻軽便鉄道」 歴史春秋社

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