案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年2月23日木曜日

奥山線 鉄道仲間のこと

先日アップした越後の栃尾線はまるで冬のような寒さであったが、夜行列車で向かった翌日の遠州は打って変わって春のような陽気であった。
この時の遠州鉄道奥山線の撮影メンバーは、栃尾線の3人に浜松で更に2人が合流し珍しく5人が揃った奥山線であった。浜松から参加した諸河氏は当時まだ高校生で我々4人は大学生鉄仲間であった。
RMライブラリーNo.10「追憶の奥山線」ネコ・パブリッシング発行に各人の奥山線が載せてあります。

先日2月20日には諸河プロの「昭和の地方私鉄 カメラハイク」がイカロス出版から発行され、
当時高校生だった諸河氏と我々大学生鉄仲間の地方私鉄めぐりのことが一言書かれていました。


まず撮る事はなかった珍しい記念写真
左から諸河氏 和田氏 故飯島氏 風間(私) 撮影:田辺氏 1964.3.24 
撮影旅行は大抵2~4人であり、珍しく5人が揃った奥山線曳馬野のひととき.

 暖かな陽差しを浴びた奥山線 軽便風景 1964年3月 元城


4 件のコメント:

青蛙 さんのコメント...

懐かしい写真すね。諸河 久さんも若かった。しかし、今では鉄道写真界を代表するまでになった。喜ばしいですね。我々は鉄道と人とのかかわりあいをもった情緒的な写真。
鉄道趣味の多様性を感じます。
いい作品をkatuさんと共有したいものです。

katsu さんのコメント...

青蛙さん
地方私鉄の旅に出ると、自分達を撮るのは貴重なフィルムが無駄になるのでやってはならぬが鉄則でしたね。
その代わり名場面の隅に写ってしまった仲間の姿は今になってみると貴重です。
その土地の人と鉄道とのかかわりあい、そして鉄仲間との係り合い、そんな取り戻せない風景のあれやこれやで残念な想いしきりです。

苦瓜○酒 さんのコメント...

初めてコメントさせて頂きます。苦瓜と申します。
こちらは半年程前かと思いますが、検索していてたどり着き以後、楽しませて頂いております。
私は、この本の著者である諸河さんの少し年の離れた後輩になります。今後も私には訪れることが適わなかった私鉄の情景を楽しませて頂ければ幸いです。

katsu さんのコメント...

苦瓜さん
いらっしゃいませ。
コメントありがとうございます。
地方私鉄の良き時代(収益除き)を感じて戴ければこんな嬉しいことはありません。
諸河さんは良い本を出したものですね。2,000円切っても紙質がよく諸河さんの写真が活きいきしていますね。