案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年2月25日土曜日

奥山線 オリンパスペンで撮った軽便風景2

この時の奥山線の旅は、曳馬野からの非電化区間を一気に気賀口まで来てしまった。その日の宿を気賀口の駅長さんに手配してもらうためであった。値引き交渉の末やっと奥地にある宿が決まると奥山線の名所「谷駅の勾配」へと向かった。

終点気賀口はこの先に延びていた気賀口~奥山間が1年前に廃止となり、気賀口の駅にも廃線ムードが漂っていた。この年の秋に全廃したので消滅半年前の光景となる。うららかな春の陽気の下 駅の向こうの小さな山を背景にした気賀口の光景が忘れられない。

撮影: 1964.3.23~24
気賀口の行止まりにはワ1301が留置され、その先に廃線跡が残る.


車止めの先を右にカーブする気賀口~奥山間の廃線跡
気賀口~奥山間の廃線直前が「気賀口から奥山へ向かう」にあります。

静まりかえった気賀口駅の風景
気持ちよい春の陽気と軽便風景
「きがぐち」が表示された木造駅舎

4 件のコメント:

青蛙 さんのコメント...

この時代に流行したオリンパスハーフサイズ。大きく伸ばすと粒子が荒れて見えます。
ことに、ネガカラーででは顕著でした。が、しかし今見ると本当に貴重な写真があります。当時はあまり気にしなかったものがあり、こちらの写真に惹かれてしまいます。
リアップする楽しみが増えますね。

katsu さんのコメント...

私が使ったオリンパスペンはたった4年間でお払い箱、もったいないことしました。眠ったままになっていた数少ないネガを今になって開けてみるのが楽しみになりました。

当時35mmカメラで撮るのはフィルムが勿体ないと思った被写体こそが貴重だったんですね。小さなオリンパスペンを持って行かなかった鉄道には写真に物足りなさを感じてしまいます。

toshi さんのコメント...

軽便鉄道はそのサイズ故、威圧感が少なくのんびりとした田舎の風景にマッチしていたんでしょうね。そして日本の滅びの美学ゆえに長く人々の心に生き続けているのだろうと思います。

多くの軽便は無くなりましたが、katsuさんをはじめ多くの方がこうして貴重な記録を残してくださったことに感謝です。

katsu さんのコメント...

toshiさん
そうですね軽便には威圧感が少ないですね。
小さな車体に低い床、ゆっくりした速度、自然に逆らわない軌道や鉄道施設。利用した多くの人達の心に残ったことでしょう。
便利になった反面失ってしまったものが多々ありますね。軽便の記録を少しでも楽しんで戴ければ撮った甲斐があります。