案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2011年11月4日金曜日

昭和37年頃の小田急

この頃の小田急には車両と沿線にまだまだ小田急らしさが残されていた。
昭和32年にSE車3000形が登場し、それまでの特急1700や2300は通勤用に改造されて行ったが
まだまだ小田急の面影が残されていた。翌年の昭和38年にNSE車3100形がデビューし大きく変貌して行く。

茶色の各停1400形4連.  和泉多摩川 昭和37年9月
1400形    経堂車庫 昭和37年9月
茶色の準急江ノ島行1400形3連. 喜多見駅を出た沿線には稲刈り風景が. 喜多見-狛江

1500形(元井の頭線)の車体に交換したデユニ1002+デニ1101.  喜多見-成城

3扉通勤用に改造された元特急1700形2次車.  喜多見-成城
茶一色はこの後 ツートンカラーに塗られている.
3扉改造前は前面2枚窓で張り上屋根の特急1700形3次車だった. 喜多見-狛江


準特急用2扉セミクロスシート車2320形. 翌年には3扉通勤用に改造された.   喜多見

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