案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2011年8月12日金曜日

碓氷峠 アプト式の終焉

アプト区間の撮影は「鉄道友の会写真部会」の撮影会に参加したもので、前夜軽井沢の国鉄宿舎で撮影会一行に合流しました。軽井沢からアプト区間に沿って旧道をバスで移動し、要所でバスを停めて思い思いの撮影ポイントで撮影するというものでした。

印象に残るのは最後に撮影会一行と分かれて訪問した横川機関区で、前もって黒岩保美氏から国鉄へ撮影許可の段取りをして戴き、機関区内を自由に撮らせてもらえた事です。総勢28両もの特殊機関車ED42が集結した横川機関区の光景は圧巻で峠越えの艦隊基地であった。こんなED42の壮大な光景も終焉を迎えていた。
軽井沢駅~横川機関区  撮影1963年7月21日


新線開業直後の新鋭EF636と、消えゆくED4217. 軽井沢
アプト式旧線→粘着式新線への切替えが2ヵ月遅れ、新線開業後も旧線を併用していた.


ED42 3重連を先頭に軽井沢を発車し横川へ下る.

軽井沢←  旧道を軽井沢からバスで20分くらい下ったところの橋を行く.
      
並行する新線ではEF63が牽く列車が一気に通り過ぎる.

軽井沢←  特急白鳥 にED42 1+3両で碓氷峠を登る.
ハイライト「めがね橋」  →軽井沢


動輪ロッドのオイル飛沫を飛ばしながら急勾配を登る.


圧巻であった横川機関区のED42艦隊

ED42が集結した横川機関区も最後の日々を迎えた. ポップアップ


0 件のコメント: