案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2011年2月2日水曜日

竜ヶ崎線の蒸機

1963(S38)年、国鉄の蒸機はふんだんに見れたが地方私鉄の蒸機はどんどん消えていた。東京近辺では鹿島参宮鉄道竜ヶ崎線や上武鉄道(日本ニッケル)などで、最後の活躍を見ることができた。

昭和38年8月に竜ヶ崎線を訪問すると、4号機が貨物列車を牽いて盛んに動いていて、庫内に居ることが多かった5号機も庫外で見ることができた。
東京近郊で、まるで映画の場面に使われるような風景がまだ残っていた。

龍ヶ崎機関区  1963.8.17


4号機。 大正14年川崎造船所製  竜ヶ崎

竜ヶ崎駅構内

4号機が牽く貨物列車。 竜ヶ崎


美しく黒光りした5号機。 大正10年日本車両製  竜ヶ崎

5号機の庫

4 件のコメント:

青蛙 さんのコメント...

このころはまだ東京近辺ではまだ古典機が活躍していましたね。また、時間の融通が取れたときでしたから交通費の工面はさておいて
訪ね歩いた記憶がよみがえります。竜ケ崎周辺ずいぶん建てこんで往時ののどかなSL風景は一変しましたね。

katsu さんのコメント...

青蛙さん、
東京のこんな近場でけっこう楽しめましたね。竜ヶ崎はあれっきり行ってないですが、風景は一変しましたか。今やどこへ行っても大変な変貌ぶりで、それが当たり前であまり驚かなくなってきました。
竜ヶ崎線は行けばきっと別の楽しみ方が発見できるでしょう。あまりに近過ぎて足が向かなかった鉄道(灯台もと暗し)の一つですね。

猫が好き♪ さんのコメント...

 竜ヶ崎線の蒸気時代は知らないのですが、蒸気機関車は2輌見ています。保存されているので。
 4号機は龍ヶ崎市郷土資料館に、5号機は東武鉄道宇都宮線おもちゃの町駅前に、見に行きました。
 竜ヶ崎は水戸街道の古道(江戸時代前期以前)が通っていたので、いっかいちゃんと歩かないとあかんなあとは思っているのですが。

katsu さんのコメント...

猫が好きさん
古街道から見た竜ヶ崎は興味深いですね。昨年、私は東野鉄道の黒羽~小川を古街道から見て楽しみました。
地方私鉄の終着駅にはよくこうした昔栄えた街道がありますね。
4号機は保存されていたのですか! 竜ヶ崎に行った時には見てこようと思います。