案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2010年12月28日火曜日

尾小屋鉄道 冬の日を浴びて

長原から更に歩き終点尾小屋に到着すると、あたり一面 気持ち良い朝日が差していた。
早朝から山間の霜の中を撮り歩いて冷え切った身体を、尾小屋駅の待合室で休養した。
朝の客車列車が撮れたので、後は新小松に戻るだけである。

朝日を浴びてキハ2単行が尾小屋に到着。これに乗り新小松へ引き返した。 1964.12.30

尾小屋で発車待ちのキハ2の車内に朝日が差し込む。

年も迫り、駅ごとに何やら荷物を積込んでいた。  倉谷口。


キハ2 上り列車は客車を牽いてなく、観音下あたりから込み合い
新小松に着く頃には大変な混雑となった。  観音下

西大野の交換風景

白銀の白山が見える田圃の中を、キハ2+単車ハフが尾小屋へ向かう。  新小松 - 西吉竹
昨日までのどんよりした北陸の曇り空から一変し、雲一つない快晴となった。
山から下りて来たDC122が牽く列車は、年末の買い物客?で賑わっていた。 新小松 - 西吉竹

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