案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2010年9月29日水曜日

沼尻鉄道 会津下館

前回は樋ノ口から上り列車でしたが、次は下り列車です。

会津下館駅の朝の下りは、沼尻に向かうスキー客で満員であった。始発川桁だけでなく途中の停留場からも地元のスキーヤーが乗り込んできて、小さな客車3両はすし詰め状態で沼尻へ向かった。


会津下館駅の駅舎

トイレで有名な会津下館駅の跡地    2003.11.22

次の荻窪に停車。光り輝く磐梯山を背景に列車を牽くDC122。荻窪

光り輝く磐梯山   内野 - 会津下館

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

今昔交えての状況写真はいいですね。それぞれ当時の状況が思い出されます。鉱山鉄道のイメージの高い感じですので、「高原列車は行く」の歌の発祥地とはとても思えない2’6”の鉄道ですねぇ。スキーヤーの満載列車は異色の風景ですね。青蛙

Katsu さんのコメント...

青蛙さん
鉱山鉄道から観光鉄道への脱皮も、あっという間のモータリーゼーションで鉄道を不要にしてしまいました。この数年後には私も人並みにマイカーで沼尻スキー場に行くらい時代の変化が激しかったですね。