案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2010年7月5日月曜日

硫黄を運んだ軽便鉄道

沼尻鉄道の終点沼尻のデルタ線の先に古びた建屋があり、そこで沼尻山からリフトで運ばれて来た硫黄を積み込んでいた。貨車セタはトロッコのような作りで、短い軸距で凄い急カーブの引込線に対応していた。こんなトロッコ然とした貨車で磐越西線の川桁まで硫黄を運んでいた。

沼尻駅のデルタ線の先にある車庫と硫黄の積込み場。1964.1.2


硫黄を満載したセタ。 川桁 1964.1.3

ここで国鉄貨車へ積み替えられる。 川桁
上記の撮影は全てオリンパスぺンSです。フィルム費用を切り詰めるために使用したハーフサイズには35mmフィルムよりも面白いものが沢山写っています。今になってみると、ハーフサイズで撮られた車両以外の1コマ1コマが貴重で楽しめます。それにしても川桁で半日掛けた磐越西線のSL撮影は何だったのか、その時間とフィルムを川桁の軽便撮影に全て使うべきでした。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

う~ん、鉱山鉄道の雰囲気出ていますね。
すると、尾小屋鉄道も鉱山鉄道の雰囲気
でるかなぁ。青蛙

katsu さんのコメント...

青蛙さん
尾小屋鉄道の'60年代はもう鉱山鉄道の雰囲気はなく、あるのは観音下のゴンドラくらいでは?