案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2010年5月24日月曜日

大晦日の金沢市内線

北陸鉄道 金沢市内線。
金沢市内に北陸鉄道の路面電車が各方面に6系統走っていたが、1967年2月に全廃された。
路面電車は年末の街が面白い。金沢市内を訪問したのは1964年大晦日であった。

朝の金沢駅前。北陸本線のSLの煙たなびく駅前に、単車モハ300形とツートンカラーのモハ2000形がいた。1964.12.31

























下記キャプションの「武蔵が辻」画像は新しい記事に移動しました。
「武蔵ケ辻」は軌道の分岐点である。正月を迎えた買い物客でごった返している。右手にある近江町いちばへ買い出しにきた人々であろう。 4系統の野町行モハ2000形がやってきた。

金沢城 

兼六園裏の坂を登る、3系統のモハ2300形。

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

この時代の金沢の駅前、昔は本当に田舎の大きな都市だったのですね。今では大都市だ。
北陸鉄道市内線、最初に訪問した時は大学1年生でした。このころを思い出します。また、富山のようにトラム復活を願いたいものですなぁ。金沢駅前の旅館から、すぐ下を走っていた風景をが思い出されました。青蛙

katsu さんのコメント...

青蛙さん
大学1年の時に行きましたか。
たぶんこの光景と変わらなかったと思います。
路面電車を残して、浅野線につなげたりしていたら新たな展開ができたのでしょうね。

匿名 さんのコメント...

2枚目の写真ですが、武蔵ヶ辻ではなく、橋場の交差点ではないでしょうか?
牛坂屋が写っているので。

katsu さんのコメント...

匿名さん
ご指摘ありがとうございました。
これまでに「大晦日の金沢市内線」のタイトルの記事は計3回アップしてあり、
初回の記事から武蔵ヶ辻の写真を移動したにも拘わらずキャプションが残ってしまいました。
武蔵ヶ辻と橋場の写真は後の方の「大晦日の金沢市内線」で紹介してあります。
大変申し訳ありませんでした、初回のこの記事はまもなく消去させてもらいます。