案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2010年5月3日月曜日

東京近郊の小私鉄、竜ヶ崎線

鹿島参宮鉄道竜ヶ崎線
訪問した1962年3月当時は鹿島参宮鉄道であった。

 キハ40402    1962年3月 佐貫
常磐線の佐貫で降りると、駅の向こうは一面の田畑で何もなく、えらく寂しい駅であった。
今では東京通勤圏だが、当時はこの辺りまで来ると何処もこんな風景であった。



畑の中にポツンと待っていた気動車に乗ると、直ぐに終点竜ヶ崎駅に着く。
1962年3月にタイムスリップした光景。遠くに見えるトラックやバスはまだボンネットの時代。

構内では4号機1925年川崎造船所製のCタンクが入替え作業中であった。
混合列車の客車ハフ15は片ボギーの元ガソリンカー。機関庫には日車の5号機があった。

入替え作業が終わると、混合列車が出発して行った。
東京近郊でこんな光景が見られた。

0 件のコメント: